活動実績

新聞・雑誌等での亀井静香の発言

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2004.11.1◎発言者11月号
抵抗派の申し状と果たし状

司会 西部邁


「思邦会」報告

小泉政権の運命は尽きつつある、それが今の政局の真相であろう。大臣や与党幹部になりたがる者があまりいないというのは前代未聞の政局といわなければならない。だから、来年の六月には解散・選挙という噂が飛び交う始末と来ている。そしてこの政治的真空のなかに郵政民営化などという愚かな「改革」が飛び立とうとしている。そこで、悪しき改革への抵抗派のいっそうの尽力が望まれるのである。


西部 本日は亀井静香先生をお呼びしました。昨日のテレビでも、小泉内閣の内閣改造のことをめぐって亀井先生方が相談をなさっているというニュースをやっていました。そのことの真偽は分かりませんけども、私としては現政局は風雲急を告げてもらいたいものだと前から思っているわけでして、ようやっとその兆しがあるのは大変結構なことだと思っております。みなさんには事あるごとに報告し、また、我が「発言者」などで繰り返し主張してきたことですので詳しくは繰り返しませんが、結論だけ言いますと、倒れて然るべき内閣がかくも長きにわたって、さらに三年がこと延期されそうだということ自体、大変に由々しきことだというふうに思っているわけです。
 本日のタイトルの「抵抗派の申し状と果たし状」というのは私がつけたものですが (笑)、そう付けさせていただいた理由は何あろう「抵抗」といえばレジスタンスですが、日本では一昔二昔前までは、レジスタンスという言葉はどちらかといえばプラスイメージで受け取られていたんですね。当たり前のことでありまして、抵抗するからにはおおよその数のうえからはまあ少数派でしょう。少数派が抵抗するということは、様々な不利な事情というものを自ら引き受けるということでありますから、一般的にいえば、敢えて不利なことを引き受けてみせる人たちには、結構真っ当な理由あるいは正義感なりがあるだろうと考えるのが普通の感性というものだと思います。
 いささか乱暴に言いますけれども、マスメディアをはじめとして、そういう感性すら乏しくなっておりますから「抵抗派」という言葉をそれ自体として何か悪しき物を表現する言葉として流通させ、愚かなる我が日本人も、「あいつら抵抗派だ」などと言って、マイナスイメージで言葉を使い回すということが、もう三年も四年も続いている。そのこと自体、また由々しいことであります。私としては堂々と、抵抗派というものはーーいつもとは言いませんが、おおよそやはりーー正義なり真理なりといったものに近い人々であることが多いのだ、そういうことが気付かれないまま過ぎてしまっているこの何年かのいわゆる改革政権に対して、大きなクエスチョンマークを付けねばならぬのだという気持ちでいるものですから、こういうタイトルを銘打たせてもらったわけであります。
 さて今日は、そういう意味での「抵抗派」の首魁というか巨頭の亀井静香先生に思うところを語っていただきたいと思っております。


亀井 紹介を賜りました亀井静香でございます。実を言うと私は、今、政治家の面を下げてこうして講演に出向いたりできる状況じゃないと思っております。今の日本が、我が民族の魂をますます飛躍驀進させておる状況であれば、政治家の一人として、ある面では誇らしい気持ちをもって、みなさん方と話もできるわけでありますけれども、私は今の日本が、大きな意味では世界が、あってはならない潮流に流されておると思います。
 小泉政治が今の日本をこんなことにしてしまっておるというよりも、小泉政治が生まれたのは、この二、三十年、我々日本民族が魂を失って漂流を始めた結果であると思っておるわけであります。ですから、小泉さんに替えて誰かが首相になったら簡単にこの世の中がきっちりとなっていくかというと、なかなかそうはいかない。そういう意味で日本はいま非常に深刻な状況にあるのではないか。

危機にある日本


 私は本来、楽天家で、ケセラセラの男です。しかしどう考えてみても、日本は近代史において、幕末、大正・昭和初期と大きな大きな曲がり角を経て、現在三番目のそうした状況にあるのではないのかなと思うのであります。
 幕末のことを考えますと、徳川三百年の間、日本民族はある意味で眠りこけておったわけです。しかし私は、歴史を繙いて日本民族は凄いなと思いますのは、あの先進資本主義国の、まさに植民地にされんとする状況のなかで、その眠りこけていた日本民族が見事決起をした。これは下級武士や商人といった人たちだけの力じゃないと思います。たしかにお百姓さん方は、政治的な行動をしたわけではありませんが、みなさん、ええじゃないか、ええじゃないかと、伊勢神宮に向かって大行進をやったんですね。そうして、一部の商人、お百姓さんたち、あるいはヤクザまでがそれに加わっていった。当時のアジアは、空を、海を真っ赤に染めて、植民地化されておったなかで、かろうじて日本だけは彼らの虎口から逃れることができた。私は日本民族の持っておるそういうすごい力を今も信じたいと思っております。
 その後、日露戦争に勝ち、先進資本主義国、大国に仲間入りしていくなかで、帝国主義の真似をしていくなかで、帝国主義の真似をしていくという流れに突っ込んでいった。そしてこともあろうにドイツのナチス、イタリアのムッソリーニと手を結んでいって日本は、ご承知のように悲劇的な結果を迎えたわけです。
 今、それから半世紀ちょっと経ちましたが、このままでいきますと、アメリカと中国との狭間で日本は溶けて消えていく、とほぼ断定をしていいと思います。小泉さんがいいとか悪いとかいうこと以上に、我々がまさにその心自体を、今の世界を覆っている潮流のなかに委ねてしまっている。
 経済的な側面から言いますと、一つはアダム・スミスの時代、資本主義が発達するなかで労働者階級が悲惨な状況に追い込まれていく。また資本主義に内在しておる矛盾と言っていいと思いますけれども、それが不景気、恐慌というかたちであらわれてくる。そうしたなかでケインズ経済学が生まれて、それらを克服していく人間の知恵が生まれました。それは、経済も民間にだけ任せていたら大変悲惨な状況になっていく、そういうときに国家がそれを制御していく役割を果たすべきだといういうことで、大恐慌の後、政府の存在が表に出てきたことはご承知のことと思います。そうして、純粋な資本主義経済よりも、修正資本主義というかたちが、その後の経済をリードしてきた。それが今また、ケインズからアダム・スミスに返っていっている。今の経済的な状況は、アメリカを中心として、それが激しいかたちで生まれてきているということだと思います。
 その一つの理由は、米ソ対立の構図が消えて、圧倒的な軍事力を独占し、圧倒的な経済力を独り勝ちのかたちで持っておるアメリカという国家、それが資本の論理に従って世界中にその支配を及ぼしていっているということであります。それにたいして世界は、抵抗する術もなく席巻されている。たとえばWTO交渉などで、皆さん方もご承知の通りであります。
 銀河系のなかでこの地球という惑星は、ちっぽけな埃くらいかもしれません。しかし、ちっぽけと言いましても、雑多な民族が雑多な気候風土のなかでそれぞれ一生懸命生きておる。その生き方について、科学技術が極端に発達し、また経済的にも他の国や地域にくらべて極端に発達したアメリカが、自分たちだけが都合がいい主張をどんどん押しつけてそれに従わせていくというのが、残念ながら現在の状況であると私は思います。
 米ソの対立だって、あのソ連が事実上消滅したということは、核戦争の脅威から解き放たれるという意味において、マルクス/レーニン主義が人間を幸せにしないということがはっきりしたという意味において不毛な革命運動が起きないという、人類にとってプラスといえる効果は間違いなくあったと思います。しかしながらアメリカに歯向かうものがいない、そのエゴが政治的にも経済的にも罷り通っていくという、この現代の延長線上のなかで、人類全体が本当に幸せになっていくんだろうか。わが国もまたそれで幸せになっていくんだろうか。我々はこの命題を突きつけられているんではないかなと思わざるを得ません。

大義なきイラク戦争


 私は去年の一月、アメリカのCSIS(戦略国際問題研究所)というところに講演を頼まれましたときに、イラクについて、この際軍事力を絶対に行使すべきではない、それはアメリカにとっても世界にとっても間違いなく不幸なことになるということを強く話しました、私がお巡りさんをやっておったから言うわけじゃないけれど、たしかに市民は得手勝手で我侭である、しかし、その市民の指示と理解を得なければ、警察の仕事は成り立たんと思っています。アメリカが世界の警察官を自任して自らの犠牲においてそれをやろうとするのであれば、我々は感謝しますよと。しかし、そのためには世界に人たちから指示されるということがなければ、結果は人類にとってもプラスにもならないし、アメリカにとってもいいことにはならんということを強く話しました。アーミテージをはじめ政府要人と会ったときも、このことを私は強く言ったのであります。
 当時のアメリカは、もう戦時中みたいな雰囲気でしたね。これは無理だな、突っ込むなと思ったら突っ込んだわけでありますけれども、それを日本が支持する、自衛隊を出せと言われたらハイハイと出しちゃう。イラクへの軍事行動が、人類のためにもされなければならないことなのであれば、そういう大義があるのであれば、憲法の問題もあるけれども、日本も黙ってみておるわけにはいかない。みなさんご承知のように、日本のような硬性憲法は世界中にありません、事実上改正できない憲法であります。その中で我々は生活をしている。さすれば、このことは憲法学においても常識であります。つまり解釈によって運用せざるを得ないわけです。
 イラクへの軍事行動に大義があったか、あるのか。大量破壊兵器なんてものはないことは今やもう明らかです。当時も、それについて説得的な状況はありませんでしたね。イラク国民をフセインの圧政から開放して、アメリカと同じ様な民主主義国家にするというのは、これが大義だと今もブッシュ大統領は言っておりますけれども、本当ですかね。そんなことを言ったら中国をどうするのか。共産党の独裁国家じゃありませんか。基本的人権なんかないじゃありませんか、今の中国には。また中東の国はほとんど独裁国家じゃないですか。じゃあ、そうだからといって、それらの国々を民主主義国家にするためにアメリカが軍事行動を起こす、日本がハイハイ付いていくということをやっていいんですか。
 しかも、本当に今の日本人はおかしくなったと思いますね。自衛隊も海外から見れば軍隊です、立派な国軍です。それがイラクでオランダ軍に守られながら活動している状況を、テレビで見ても恥ずかしいと思わない。オリンピックの中継を見ているような気持ちで、国際貢献をしているといって拍手をしておりませんか。私はおかしいと思う。
 番匠隊長は本当にいい男です、私がかわいがってきた男ですが、出発するにあたって、私に手紙を寄越しました。「侍精神」で頑張ってきますという手紙を寄越して出発したわけです。まあ無事帰ってきましたけれどね。しかし、オランダ軍に守られながら活動する、迫撃砲が飛んでくれば塹壕にこもって待機するという、そんな屈辱に耐えて自衛官を派遣させていいんですか。番匠隊長の心情は察するにあまりあります。出す以上は、攻撃を受けたら部隊としてきっちりとこれに反撃し、身を守れるという体勢で行かせなければいけません。
 そうなると憲法との問題が出てきますけれども、私はイラクへの派遣に大義があるのであれば、政府見解を変えればいいことだと思います。大義があるのならですよ。見解を変えることもなく、手足を縛って派遣をしてしまう、そんなことを今の日本民族は、誰もおかしいと思わなくなってしまっている。

アメリカ、恐れるに足らず


 我が日本が今後、世界にたいしてどうコミットしていくか。軍事的な面に尽きましては、我々の基本は、ちっちゃな惑星かも知れないけれど、地球は人類にとってはかけがえのない共通の住処であるわけですから、これを大事にするということだと思います。その地球が下手をしたら火達磨になっていくという可能性が今あちこちに出てきているわけですよね。それを防ぐために我々は何をすべきか。まず第一にやるべきことは、世界の超軍事大国であるアメリカが今イラクでやっているような、ああいう間違った軍事行動をしないように、同盟国としてきっちりアドバイスをして、ノーと言うべきことにたいしてはノーと言えばいいと思います。
 そういうことをいうと、だけど亀井さん、日本はアメリカに守ってもらっている、その日本がどうしてノーと言えるんですか、そんなことは日本の国益に反するじゃないですか、アメリカの言う通りにしていたほうが得だという人がいる。喧嘩の強いガキ大将に黙って付いていった方が得だ、他の不良少年からやられる心配もないという考え方が相当広がっていませんか。その方が得だという。だけど本当ですか。じゃあ現にイラクに派遣されている自衛隊は安全なんですか。
 日本でテロを敢行するというアルカイーダの予告はすでに二度ありましたね。怖い話ですが、アルカーイダはこれまで予告したことは全てやっているじゃありませんか。この日本でそれをやられるかもしれない。そういう立場になったのはアメリカの言いなりになっているからじゃありませんか。極めて親日的なアラブが、そういう気持ちになっておるのは、テロの標的にすると言っておるのはなぜか。簡単じゃありませんか。アメリカにくっついていっていることが、本当に我々にとって安全なんですか。
 駄目なものは駄目だと言って断ったからといって、アメリカが日本にたいしてどういうことができるんですか。安全保障上の問題はいろいろあります。沖縄や岩国や横田、日本列島においてある基地は、たしかに日米安保の下において日本を守る機能を果たしていることは間違いありません。しかしそれだけの理由で基地を置いているんですか。極東軍事政策上、アメリカにとって必要であるから置いているんじゃありませんか。アメリカにとって必要な基地を置いている日本を、アメリカが敵性国家にすることは絶対にできません。できるはずがないことであります。日本との友好関係をアメリカは持たざるを得ないんです、少々癪にさわっても、腹が立っても。
 また、経済的にはどうですか。どんな嫌がらせができますか。日本は痩せたりといえども世界第二位の経済大国じゃありませんか。アメリカは日本から四百兆の金を借りて生活しているじゃありませんか。みなさんが貯められた四百兆の金融資産、これを我々が使って我々が繁栄していくということをしないで、馬鹿げた話でありますけれども、その金をアメリカに貸して、それでアメリカはイラク戦争をやり、アメリカ人の生活を維持しているじゃありませんか。違いますか。
 かつて橋本総理が何ならアメリカに貸したお金を返してもらいましょうかということを不用意に言っちゃったことがあったんですよ。どんなことが起きましたか。アメリカはまさにパニックに陥らんとしたんです。それで橋本総理は直ちに取り消しましたね。アメリカ経済が、アメリカの国家財政が、世界第二位の経済大国である日本を抜きにしてやれることはありません。日本のマスコミはそのあたりのことを正確に日本国民に知らせる努力を、残念ながら怠っておると私は思います。
 こうしたことは自衛隊の問題だけではありません。経済だってそうでしょう。今どうなっていますか。私は外資が日本に来ることを反対なんかいたしません、外国から見て日本が魅力ある投資先として映る、そういう日本経済でなければ日本の繁栄はありません。ただ、今のように我々の資産を二束三文で咥えて巨額の利益を得ていくような、禿げ鷹に食い物にされるようなことは、これ以上あってはならないと思います。これはなぜそうなっているのか。禿げ鷹が悪いわけじゃありません。自らがそういう状況にしているんです。未来に向かっての投資を受け入れて、一緒に発展をしていくという努力をしない。
 これは一つに小泉さんの責任ですよ。だって小泉さんは、ブッシュ大統領と会談をしたとき、当面、不景気路線を取りますよ、マイナス成長でいきますよと言って、ブッシュ大統領はそれをOKした。そのうえで不良債権の直接処理は急いでやってくれということを小泉総理に要求したんです。小泉さんは分かりましたと言って竹中さんを司令官にして、凄まじい勢いでやりましたね。景気を悪くしているんですよ。景気を悪くしながら貸した金を返させるなんてことをしたら、誰が考えても結果は明らかです。倒産につぐ倒産になるのは当たり前なんです。タダ同然の担保が市場に出てくる。日本の企業は手を出しません。バブルの時の手痛い経験から、どんな安い出物があろうともそういう市場に日本の企業や資本家は参入しない。したがって、そうした禿げ鷹の独占によって、我々の資産が二束三文で彼らの手に渡っておるじゃないですか。
 その典型的なかたちで荒稼ぎにしているのは新生銀行でしょう。我々の金を八兆円もつぎ込んで一生懸命努力した結果、十億円でアメリカの投資ファンドの手に渡った。それまで去年一年間でいくら稼ぎましたか。九千億ですよ。十億円の投資で九千億も稼いじゃった。銀行業務で稼ぐような金額ですか。違うでしょう。そうして再上場して八七二円の値がついちゃった。濡れ手に粟ですよ。しかしね、禿げ鷹を批判したってしょうがない。彼らは合法的にやっているんですから。我々がアメリカという関係でそう約束しちゃったからですよ。約束したこと、つまり景気を悪くしながら不良債権の直接処理をやるということを金融庁がめちゃくちゃにやった結果、こういうことになったんでしょう。我々自身がやったことなんだと私は思います。

失われる企業倫理


 そうした状況のなかで強者だけが生き延びていく。中小金融機関はばさばさと潰されましたね。私が政調会長のとき金融庁の長官が、三十五の信用金庫・信用組合を潰しますというのを私のところにもってきた。私は駄目だと言った。そんなことは罷りならないならない、俺の目の黒いうちはさせないと。実際させませんでした。私が辞めまして政権が変わりました。一年間で五十七の中小零細信用機関が全部、潰されましたでしょう。信用金庫の組合長が私のところへきて言うんです。あのオヤジには金貸してやりたいんだと。今は不景気だから、貸した金は返してくれないけれど、そのうち返してくれる、だけど金融庁が怖くて貸せない、貸した金を返してもらっていない限り、新規の貸し付けはできないと。そういうなかで、金融機関が潰れる。取引先の中小零細企業もバサバサと潰れていく。
 今、景気が良くなったなんてことが言われていますけれども、本当ですか。たしかに一部の企業は、激しいリストラをやって、後ろ向きのリストラをやって、人件費を浮かす、下請けに出す、それを値切りに値切ってコストを下げていくということのなかで、べらぼうな利益を上げましたね。優良大企業が史上最高の売上を出していると言うけれども、その下請けは儲かっていますか。トヨタは一兆四千億円の利益を上げましたけれども、トヨタの下請けが儲かっていますか。儲かってないじゃないですか。従業員を養うために、儲からんでもしょうがなしに仕事を受けてやっているんじゃありませんか。そういう状況のなかで、リストラをやった企業は近代経営だ、そういう経営者はすばらしいとマスコミは持て囃し、株も上がっちゃう。簡単にいうと今そんな状況じゃありませんか。
 今は経営者が従業員の馘を切る、下請け孫請けを切ることを、恥ずかしいと思わなくなったんです。昔は違ったでしょう。昔の経営者は、従業員の馘を切らざるを得ないということは、経営者としては恥ずかしいことだと思ったんですよ。もちろん労働組合の圧力もあったかも知れないけれど。企業もいい時もあれば悪い時もある。売れてる商品が売れなくなることもあるといったときに、不採用分は従業員の馘を切るんじゃなくて、企業内教育をやって、新商品開発のために凄まじい努力をするということで補おうとしてきたんじゃありませんか、二、三十年前の日本の経営者というのは。今でもそういう経営者もおりますけれどね。  東レの前田勝之助なんちゅうのはーー私の飲み友達でもありますけれど、あんまり行儀もよくありませんけれどね、私と一緒で (笑)、それで気が合うのかも知れませんーーあの人は、縁があって東レに入ってくれた従業員、縁があってうちと取引をして長い間してくれている下請け孫請け、こういう人たちを幸せにしないで東レが儲けたってしょうがないとおっしゃるんです。うちも海外に工場出しますよ、でも、それによって日本人が幸せにならなかったら意味がないでそうとおっしゃるんですよ。かつての日本の経営者は、そういうい魂でやっていた。
 そういうのは日本型経営と言われますけれどもその日本型経営は、アメリカ型経営に、つまり従業員や取引先を部品だと思って人間扱いしない、そうして利益を得て株主に高配当すれば自分の社長の座が守れるというアメリカ型経営に、ご存じのように二十数年前、見事に勝ったじゃありませんか。違いますか。勝って日本は世界一になったんですよ、一次ね。ところが今は逆になって、アメリカ型経営の真似をしていく。そうして、企業会計基準などにしても、アメリカ型のそれに合わせていくということが経営の近代化だと勘違いをしていますね。

一人ひとりの幸せを


 企業の形態も含めて日本の企業会計をアメリカ型に合わせることが、アメリカにとって都合がいいのは当たり前の話です。だけどみなさん、アメリカが日本に投資をして、日本で商売をするんであれば、日本のしきたりに合わせるのが当たり前じゃありませんか。もちろん、グローバル・スタンダードというかたちで日本のいろんなものを世界のそれに合わせていくことも大事でありますけれど、しかしなぜ我々が我々の日本列島で長く培ってきた生活の仕方、商売の仕方、そういうものを投げ捨ててアメリカ流の考え方に、こんなに激しく変えていかなきゃいかんのですか。その結果、日本が幸せになっていますか。
 それでは一部の大企業は良いでしょう。だけど地方に行ってみてご覧なさい。惨憺たる状況じゃありませんか。中小零細企業はバタバタ倒れています。今倒産が減ったといわれていますけれども、そうじゃないんです。自主廃業が増えているんです。倒産する前に、未来への望みを捨てちゃってるんです。倒産する前に店をたたんじゃえ、会社をたたんじゃえ、そんな状況にまできている。このことは、心理的な面からいえば非常に怖いことなんです。倒産するまで頑張ろうというならまだしも、もう未来がない、諦めよう、そういう気分が日本中をずうっと覆っているんですよ。大企業が黒字を出したといっているけれど、国民所得は減っているじゃありませんか、全国、軒並みに。そうして、経済的な理由による自殺を含めて、三万五千名に近い人たちが自ら命を絶っていっていますね。
 私がなぜ小泉さんにきつく迫っているかというと、マクロの立場でもいっておりますけれどね……二十年間政治生活をしておりますが、私は最初泡沫候補だったんですよ、亀井を応援する人間はおかしいといわれていたんです。生まれ故郷でも講演会ができなかったんです。会社の社長や市町村長、県議会議員が全部敵なんです、私は。そういうなかで、何もない私が当選できたのは、ちっちゃなちっちゃな零細企業のおやじたちが一生懸命応援してくれたおかげです。それで奇跡の当選ができたんです。そのおやじ達がこの三年で、六人命を絶ったんですよ。六人…この三年…こんなこと今までありません。私はその一つのケースを具体的に小泉さんに話しましたけれども。まあそういうこともあるよということで片付けていいんでしょうか。ミクロの世界でそんなことがぼんぼん起きているんです。マクロの政策でこれが正しいと言えるんですか。
 一人ひとりの人間の幸せがあってこそ、マクロの政策が正しいと言えるんです。一生懸命生きている人たちが、そんな状況を見て、これは改革に伴う痛みだということで片付けていいんでしょうか。そんなことのなかで、じゃあこの日本、一体どこが良くなったのか。何が良くなったんですか。若い人たちは高校・大学を出ても就職できないのが一般的になったじゃありませんか三割ぐらいは就職できませんね。企業は正社員をどんどん減らして、後はパートでまかなうということをやるわけでありますから、若い人たちが好んでフリーターになっているわけじゃない。人々を人生の出発点において浮き草のような状態にさせるような今の日本、本当に良くなったと言えるんでしょうか。
 私はこの前、腰を抜かしました。あの松下電器の社長が記者会見をしまして、三千名の従業員の解雇をするということを予告しましたでしょう。すでにあれだけ激しいリストラをやって、松下電器は大変な利益を上げているじゃありませんか。にもかかわらず新たに三千名の従業員を解雇するという予告をした。マスコミはこれをすばらしい経営をやっているといって持ち上げている。私は松下幸之助さんが草葉の陰で泣いているんじゃないかと思います。今の日本には、残念ながら強者の理論が罷り通っている。

許し合う気持ち


 私は強者と弱者を分けるのは嫌いです。好きじゃありません。弱者であっても強者になり得る、なっていける、そういう社会でなければならないと思います。今のように弱者は退場しろと切り捨てていく、強者の理論が罷り通って、弱者を食いつぶしながら利益を上げていくという、こんな状況をもって改革の効果が出たなどということを我々が言っておっていいんでしょうか。そういう意味で、私は政治家として日本をこういう状況にしておることについて非常な責任を感じるわけであります。皆で幸せになっていく、皆で助け合っていくーー世界にもそういう気持ちはありますよ、アメリカ人だってどこにだってあるんだけれど、ただよその国に較べて我々は、そういう気持ちを強くもってきた民族だと思うんですね。そういうものを捨てて、他人は敵と思い、競争相手と思えと。競争、競争、競争と、そういう社会が本当にいいんでしょうか。何でも安ければいいんでしょうか。激烈な競争をやった先に、我々にはどんな安穏な社会が待ち受けているんでしょうか。へとへとにくたびれるだけじゃないですか。
 我々が生きているということはどういうことなのか、どういうことのなかで我々は幸せだなあと思うのか。私もそうでありますが、日本人がそういう人間の幸せ、また人間存在とはどういうことなのかということを考えないままに無我夢中で走っているなかで、状況はどんどん悪くなっている。
 私はいま死刑廃止を推進する議員連盟の会長をしていますけれども、よく言われる。亀井さん、あんな凶悪犯罪の犠牲者の気持ちにもなって見ろ、死刑にするのも当たり前ではないかと。けれども、我々が生きているということは、知らず知らずのうちに他にも被害を与えていることじゃないんですか。みなさん方はそうじゃないと思われるかも知れません。たしかに殺人というようなかたちで耐え難い苦痛を与える、そういう被害じゃないにしても、我々は生きている以上は知らず知らずのうちに、場合によっては殺人以上に他のものにたいして大変な被害を与えている場合があるんじゃないですか。
 さっきの話でいえば、一生懸命商品開発をして技術開発をして、いい商品を作っていい仕事をする、これはいいことですね。当然のことでもある。しかし、光には必ず影が伴ってくる。それによってよその会社では今まで売れていた商品が売れなくなる、儲からなくなる、その結果倒産に追い込まれて、場合によってはサラ金から追いまくられて、一家で心中をしていくという、そういう人たちが生まれてくる場合もあるんじゃないですか。これは一生懸命商品開発をして一生懸命いい仕事をした人に責任があるわけじゃないけれど、人間が生きているということは、いろんなかたちで他にたいして被害迷惑を与えているということをやっぱり思うべきじゃないでしょうか。
 そういう意味で、許すという気持ち、他にたいして許すという気持ちをみんなで少しでも持つべきではないか。いろんな状況にみんな遭遇するわけだけれども、そうしたなかで、お互いに許し助け合いながら、生きていうということを考えるべきではないだろうかなと。私としては死刑廃止について理由はほかにもたくさんあるわけですけれど、今の日本は残念ながら他を顧みない、自分だけ得手勝手に、金よ金よとそれだけを追求していく。これがアメリカ型社会とはいいませんーーアメリカにもいいところはたくさんあるんですからね。しかしその一部だけを見習っておるのが今の日本ではないだろうかなと思うわけであります。
 私自身が至らない人物であります。大きな口をたたける男じゃありませんけれども、先ほど申しましたように、今の日本を、生き生きとした、しかし優しい、そういう日本にどうやったらしていけるか。大変な苦労だと思いますけれども、頑張っていきたいと思いますので、皆さん方からもっといろいろご指導いただければ有り難いと思います。ありがとうございました。

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